木村清すしざんまい社長!行列でマグロ解体!自衛隊辞めた理由は?

木村清社長

 

今年の「初競り」で222キロの1億5千万の高値のついた大間のマグロを競り落としたすしチェーン「すしざんまい」を運営する喜代村の名物社長、木村清社長が2月18日の「行列のできる法律相談所」にゲスト出演されます。

 

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「良いマグロで日本を元気づけたい」と話す木村社長。

マグロは築地にあるすしざんまい本店で解体され

1貫128~398円の通常価格で提供したという事。

 

 

この1億5千万円のマグロにはいろんな意見もあるでしょうが・・・。

1キロ2万円から始まった競りは木村社長と香港ですしチェーンを

展開する実業家とのデッドヒートだったそうです。

 

通常は数秒で終る競りが2分間も続いたらしいです。

段々値段がつりあがっていったんですね。

 

他にもマグロは数本あったそうですが

他のマグロは750万ほどだったようです。

 

 

まぁ、宣伝費みたいなものですよね。

すっかりお店も社長も有名人ですから。

 

でも、このマグロを釣った漁師さんは超ラッキーですね!

宝くじに当たったようなものですw

そのラッキーな漁師さんは大間の漁師さんで

第38美吉丸(19トン)の船長、竹内大輔さん(36歳)です。

本人が一番びっくりでしょう。

 

 

さて、この名物社長、木村氏ってどんな方なのか

興味深々で調べてみました。

 

 

1952年4月19日生まれの60歳

千葉県野田市の出身です。

 

1967年、中学卒業後、F104のパイロットを目指して15歳で航空自衛隊に入隊。

2年9ヶ月で第4術科学校を卒業されます。その後、18歳で大検に合格。

航空操縦学生になる資格を得たのですが

不運にも、事故で目を患いパイロットを断念します。

1974年に自衛隊を退官。

 

その後、司法試験を目指し、中央大学法学部通信教育課程に入学します。

ところが、大学に在学中にアルバイトとして大洋漁業の子会社である

新洋商事に勤務していたところ、水産や食材に深い興味を持ち

司法試験を断念し、そのまま入社。

 

大学卒業後に、喜代村の前身となる木村商店を創業します。

喜代村を設立したのが1985年

2001年4月に、築地に日本初の年中無休、24時間営業の

寿司店『すしざんまい本店』を開店に至ります。

 

 

木村社長はいろんなご苦労をされていて

それでも努力とあきらめない気持ちで前に進んでこられました。

 

 

木村社長のエピソードでこんな話があります。

 

「印象に残っているのが百科事典の訪問販売のアルバイトですね。

実は、この販売は始めて1ヶ月半どうやってもまったく売れなかったのです。

出来高制でしたから昼食を食べるお金もなくなって公園で途方に暮れていました。

売れない事典を一人で見ていると、遊んでいた子どもたちが覗きに来る。

子どもの質問にあれこれ答えていると、今度は子どもたちの母親がやって来た。

すると、面白くてためになるものならと、買ってくれる親が現れた。

それからだんだんと口コミで評判となって、今度は1ヶ月半で500巻以上も売れ、

新記録を達成しました。

何でも物事というのは諦めたら終わりです。もうヘトヘトになって、

心から「もう駄目だ、もう諦めよう…」と思ったときが、夜明け前なんですよ。」

 

 

行列ではマグロの解体も見せてくださるとの事です。


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